◇おかーさんの日記◇
2XX1/4/19
 あいつを拾ってそろそろ一年になる。
 AMS適合手術やらなにやらで時間を食ったが、それでもこの一年でなんとか戦場に出せるだろうと判断を下せるまでには育てることができた。
 セレン・ヘイズ。
 私の影であり、生徒であり、サポートすべきリンクスでもある男。
 明日はやつの初陣、カラードリンクスとして登録されて初めての実戦だ。
 ミッションは企業連からの依頼で敵勢力はラインアーク。
 彼らの虎の子ホワイトグリントは遠地で作戦行動中とのことだから、敵戦力はMTやノーマルACが主力となるであろう。
 企業連の仲介役が言うには、このミッションはカラードリンクスとして登録されたセレンに対する試金石であるらしい。
 まあ私が鍛えたセレンならノーマルやMT相手に苦戦することはないだろうと確信している。
 確信しているが、今夜は何故だか眠れない。
 ベッドに入っても目が冴えてしまって、ううむ、私も緊張しているということだろうか、やれやれ、私もヤキが回ったものだ。
 いずれにしろ勝負は明日。
 敵勢力は脆弱で、教え子は優秀。
 訓練どおりにやればセレンが勝つ。
 面と向かって言うのは気恥ずかしいが、日記に書くのぐらいはいいだろう。
 頑張れセレン、お前は私の自慢の生徒だ、私の期待に応えて見せろ。



mission.1 > ラインアーク襲撃



 AMSと接続される瞬間の感覚の奇妙さには、きっとこれから先も慣れることはないのだろう。
 ネクストAC【ストレイド】のシート上で、操縦者たるリンクス、セレン・ヘイズはそんなため息をついた。
 その瞬間の感覚を「五感の開放」と例えたリンクスもいるらしいが、セレン的にはその意見には同意できない。
 確かにネクストACの優秀なセンサー系と神経で結ばれれば、理屈の上ではそのようにも言えるのかもしれない。
 しかしセレンの感覚としてはAMSとの接続は「五感の閉塞」だった。研ぎ澄まされ、何でも、どこまでも知覚できるような感覚を覚えるが、センサーの機械的な限界が自身の感性の限界でもあるような錯覚に悩まされるのだ。
 セレンの名付け親であり、リンクスとしての先生であり、オペレーターでもある霞スミカからはセレンのそのような感じ方について「AMS適正の高さの割にはナーバスだな。悪いとは言わんが錯覚には呑まれるなよ」との言葉を頂いている。
 錯覚に呑まれるとはどういうことだろうか。
 あの先生はいつも意味深長で思わせぶりなことばかり言う。一を聞いて十を知ることの出来ない自分が悪いと言われればそれまでだが、たまには言葉で優しく教えて欲しいとも思うセレンだった。
「セレン、聞こえているな? そろそろラインアーク主権領域に入る。各部の最終チェックを済ませておけ」
「了解」
 ヘッドセットから聞こえてきたのは噂のオペレーター、霞スミカの声だった。
 操作パネルからステータスチェッカーを呼び出しネクストACストレイドを構成する各部パーツの稼動状況を確認する。
 頭部、コア、両腕、両足、各フレームは問題なし。
 ジェネレータの出力も巡航出力で安定。
 軽くクイックブーストを拭かしてブースタのチェック、問題なし。
 武装のチェック、流石に試射はできないが数値上の問題は無い。
 ストレイドの整備は完璧だ。
 霞スミカがインテリオルのトップリンクスとして戦っていた頃に、ネクストAC【シリエジオ】の面倒をみていたスタッフが整備を担当しているのだ。問題などあろうはずがない。
「ストレイド、問題ありません」
「よし、ならばいい。そろそろラインアークが見えてくるぞ。攻撃目標の有視界を確認と同時にオーバードブースト点火。一気に距離を詰めろ。敵戦力はMTとノーマルが精々だ。いちいち細かい指示は出さんからな。お前の裁量でやって見せろ。出来ないとは言わせんぞ」
「了解。オーバードブーストで接近、接敵後はこちらの判断で行動します。全武装使用自由ということでよろしいですね?」
「構わん。だがあまり弾薬費を掛けるなよ? 無駄弾に掛かった費用はお前のお小遣いから引いておくからそのつもりで行動するように」
「……了解、先生」
 ASミサイルは自重しよう、そう思うセレンだった。


/


 オーバードブーストの加速Gから開放される。
 自由主義、共和主義を唱える非企業の独立勢力ラインアーク、その海上都市に域内への侵入は容易かった。まばらで散発的な防衛ミサイル網をオーバードブーストで一気に振り切り、都市構造体の内部に機体を滑り込ませる。ただそれだけだ。
 構造体内部侵入と同時にレーダーが探知圏内の敵機数を知らせてくる。
 熱量からしてMTが15、いや、20ほどか。
 インテリオル製のレーダー【RD01-SIRENA】は機体に掛かる負荷が少ないのは結構だが、索敵範囲の狭さがネックだ。恐らく探知圏外にはまだ敵機がいるのは確実だろう。だいたい、ブリーフィングで存在が示唆されていた敵ノーマルACの反応を捉えていない。
「ミッション開始、ラインアークの守備部隊を全て排除する」
「了解、ミッション開始します」
 攻撃的なスミカの言葉にセレンは舌なめずりを一つ、正面のMT小隊へと機首を向けた。
 FCSが敵MT一機をロック、躊躇わずに左腕に装備したレーザーライフル【LR01-ANTARES】を発射する。MTの鈍足でそれを回避できるはずもなく、目標は爆発、四散した。
「企業のネクストだと!? くそ、こんなときに限って!」
 無線からは敵部隊指揮官と思しき者の声。
 セレンはそんなものには頓着せずに、正面小隊への距離を詰める。
 焦ったように発射される敵の弾丸をクイックブーストでかわし、敵小隊の真ん前で急上昇。射界を撃ち下ろし気味に確保して、一旦FCSのロックを切る。右腕プラズマライフル【SAMSARA】のエネルギーは十分、ノーロックで発射。
 標的は敵機ではなくその足元。
 海上都市であるラインアークは未だ建設の途上とも言っていい。敵小隊は仮設にすら見える粗末な足場に部隊を展開しており、その足場を撃ちぬいてやればホバリングブースタも持たないMTがどうなるか、考えるまでもない。
 プラズマライフルの着弾による局地的な磁気嵐を撒き散らしながら彼らの足場が崩壊した。粉々になった建材ごと敵MT一個小隊が海に落ち、波間に消える。
(まず一つ)
 同じ手管で更に二つの小隊を海に叩き落とし、構造都市中層の幹線道路に足をつけた。
 幹線道路上には探知範囲内で6機のMTが展開している。狂ったように散弾を浴びせてくるが、MTが装備しているような兵装ではよしんばプライマルアーマーを突破できたとしても、ネクストACの厚い装甲に傷はつけられない。
「クソッ、利いているのか!?」
 装甲表面で弾丸が跳ねる音を聞き流しながらレーザーライフルを発射。一機撃破。次なる目標をロック、発射、撃破。ロック、発射、撃破。ロック、発射、撃破。霞スミカの声。
「いいぞ。敵、残り約半数」
 前方の6機を撃破した時点で敵戦力は数字の上では半減化した。
 とはいえまだノーマルACを殺っていない。
「プライマルアーマーだ! まずはプライマルアーマーを減衰させるんだ!」
 敵が発射したミサイルが迫る。
 クイックブーストでそれをかわし、飛来してきた方向へヘッドオン。オーバードブーストを点火。オーバードブーストの高加速下でプライマルアーマーの耐久値が見る間に目減りしていく。
 セレンは薄い笑いを浮かべた。
 さあ、お望みどおりプライマルアーマーは減衰するぞ。だがその程度でお前たちがこのストレイドを削りきることが出来ると思うのか。
「は、速い!?」
 レーザーライフルを浴びせながら敵の頭上をフライパス。3機がのMTが直撃を受けて爆発する。オーバードブーストを切り、ドリフトターンで急旋回。こちらに隙だらけの姿を晒す敵MTに向けてプラズマライフルを叩きこむ。更なる爆散。
「目標、残り僅かだ」
 ここまではうまくやっている。
 しかし先生の目にはどう映っているのだろうか。
 目標が残り僅かになったことで、ミッション以外のことへと意識が向いた。
 それが隙となった。
「ウッ!?」
 PA越しの衝撃。
 レーダーは背後から接近する3機の機影を捉えていた。
 GA製のノーマルAC。バズーカの直撃を受けたのだ。
 無線の向こうで、スミカが小さく舌打ちしたのを聞いた気がする。
「くっそ……」
 クイックブーストで機体を振り、敵の射界から外れる。大きく弧を描いて旋回し、敵ノーマルを正面に捉えた。旋回中にリロードが終わったプラズマライフルを叩きこんだ。


/


 ヘッドセットを床に叩きつけて踏み砕いてやろうかと霞スミカは思った。
 作戦領域に送り込んでいる自律型の観測ポッドからは、調子に乗って油断したセレンのストレイドが、あろうことかネクストACがノーマルACに背後を取られ、背後からの直撃弾を受けている様子が送られてきている。
「あの馬鹿者め、ノーマル如きに何をやってる……!」
 MT部隊を相手に足場を破壊することで弾薬を節約する手を取ったときは素直に褒めてやろうかとも思ったのに、その直後にこれだ。
 モニタの中でセレンの駆るストレイドは大きく旋回し、敵ノーマルACをプラズマライフルで撃破していたが、だからといって今の失点がなくなるわけではない。明らかな油断に起因する先ほどのミスはスミカの閻魔帳に極太明朝体で記された。セレン・ヘイズ20歳、正座でお説教確定の瞬間である。
 その後のセレンは訓練どおりの丁寧な操縦で危なげなく残りの敵ノーマルACを撃破した。
 フン、と鼻を鳴らす。
「全目標の排除を確認、ミッション完了だ。――よくやったな。ほぼ完璧だ」
 ラインアークの守備部隊は壊滅。施設にも一部ダメージを与えており、この出来ならば企業連も満足するだろう。弾薬の消費も最低限、支出は少なめに抑えられている。初陣であることを思えば出来すぎとも言える働きだ。
 悪い評価でないのが分かったのか、無線の向こうからほっと息をついたような気配がする。まったく、素直なやつだ、と内心でスミカは呆れる。が、そんな内心は毛ほどもおくびに出さず、
「とはいえ調子付くなよ。敵が弱すぎたのだからな」
 そう釘を刺す。
 だってそうだろう、その弱すぎる敵に油断して背後からバズーカを喰らうなどという無様を晒したのだ。あれがなければ支出はさらに抑えられたはずなのに。
 機体の整備、弾薬の補給、整備スタッフへの給金の支払いにカラードのネクストAC用ガレージの賃貸料。金が出て行く予定は山ほどある。
 むしろそれ以前の問題として霞スミカの後継たるセレン・ヘイズを名乗って置きながらあの醜態はあり得ない。帰ってきたら説教はもちろん、もう一度特訓のやり直しだ。
 まったく、馬鹿者め。
「……早く戻ってこい、セレン。お前には言ってやりたいことが山ほどあるんだからな」
 出来る限り優しく言ってやったつもりだったが、セレンからはややしょんぼりとした調子の「……了解」という声が返ってきた。説教があることを彼も察したのだろう。
 そういう危険察知は出来るのに、なんであそこであんな油断をしたのだか。
 スミカは苦笑してヘッドセットを置いた。
 しかしまあ、無事終わって安心した。ラインアークの海上都市からスミカたちのホームまではストレイドの巡航速度ならおおよそ2時間といったところか。
 今の内に先の戦闘のレポートをまとめて、ついでにスポーツドリンクの用意をしておいてやろう。ネクストで戦った後は咽が渇いているからな。
 霞スミカは席を立って管制室を後にした。その足取りは生徒の初陣が無事終わったためか、傍目に分かるほど軽やかだった。

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